北風日記

三菱総合研究所で医療・ヘルスケアの研究をしている小夫聡卓のブログです(本ブログの内容は個人的見解であり、会社を代表する見解ではありません)

 

オバマケアの功罪とトランプ大統領へ期待すること

 

政治の世界における伝統的対立思想は“保守vsリベラル”であるが、昨今の目覚ましい技術革新の進歩は富の格差を拡大させ、“グローバル企業vs一般大衆”という新たな対立軸を生み出した。富の格差を最も顕著に表す国は米国であろう。構成要素の割合の不均衡を示す言葉でパレートの法則(上位20%が全体の80%を占める)という言葉があるが、まさに米国の富の格差はパレートの法則通りである。2014年カリフォルニア大学のガブリエル・ザックマン教授の行った調査報告書では、米国人の上位20%である高所得層が保有する資産は全米国資産の80%以上であり(逆に、中低所得層である80%の米国人が保有する資産は全米国資産の20%以下となる)、労働人口の3人に1人の米国人が職に就けず、6人に1人の米国人が貧困ライン以下の生活をし、年間150万人の米国人が自己破産している。そして、日本では考えられない事であるが、米国人の自己破産理由のトップは「医療費」と記されている。

※日本の場合、「国民皆保険制度」のもと国が全国民の医療費を保険でカバーしているが、米国の場合、「国民皆保険制度」が無いため、米国民は民間保険に入るか、あるいは無保険者となっている。

 

このような米国の医療事情のなか、2014年1月、当時のオバマ大統領は、『患者並びに医療費負担適正化法「通称:オバマケア」』を施行した。オバマケアのポイントは以下の通りである。

・国民全員が保険に加入する

(無保険者は95$または年収の1%のいずれか多い方を罰金として支払う)

・従業員50人以上の企業は従業員に対する企業保険提供義務を負う

(提供しない場合は従業員一人当たり2,000$以上を罰金)

・企業保険が無い人は政府が設立したExchenge(保険販売所)にて保険を購入する

 

保険のカバレッジが無い国に、新たなカバレッジを整備しようしたオバマケアの構想は素晴らしかったが、オバマケア施行前に「安心して医療が受けられる」と信じた中低所得層の安堵感は長くは続かなかった。その背景として、民主党であるオバマ氏は、紛糾する議会において、オバマケアの可決を条件に、共和党(小さな政府を標榜)が主張する州レベルの運用を認めた(妥協した)ことがあげられる。これにより、各州において保険会社の寡占化が進み、民間の競争原理が機能せず、患者一人一人の医療費負担額は増え、医療サービスの質は低下してしまったのである。通常、オバマケアの財源としては、上位20%の富を80%の中低所得層に再分配する仕組みが必要であるが、現実は80%の中低所得層の医療費負担が増え、グローバル製薬企業や保険会社が潤うという“冨の逆分配”現象が生まれたのである。

 

では、トランプ大統領になり米国医療はどこに向かうのか。それを考えるため、まずはトランプ氏が持つ基本的な価値観について言及する必要がある。トランプ氏の発言のワンショット・ワンショットを切り抜くと偏見な部分があるのは事実である。特に、マスコミの報道を見聞きすれば、未来に不安を感じる方も多いことであろう。しかし、トランプ氏が長く米国企業のCEO職に就いていたことを踏まえると、ディールに落とすためのショー的な発言と本音の発言は慎重に選別する必要がある。少なくとも、就任演説で印象的であった “only America First, America First.”、“buy American and hire American”、“get our people off of welfare and back to work”等から類推するに、保守のロジックで中低所得層に光を当てることを真剣に考えていることがうかがえる。また、昨今では、オバマケアの代替案として“Universal Coverage(日本の国民皆保険に近い考え方)”に言及するなど、共和党であるにもかかわらず、民主党寄りの政策を打ち出す(打ち出せる)点が特徴的である。今後、中低所得層に光を当てた政策の実行が進むにつれ、“富の再分配”という大きな課題に直面することになるであろう。オバマ氏はこの課題を解決することは出来なかったが、「共和党出身でありながら、共和党の枠組みに固執しない超ナショナリストのトランプ氏は、保守のロジックで、富の再分配をやり遂げるだけの素養を持つ大統領」であると期待したい。

競争激化の「バイオミラー韓国先行するが日本にも光あり”  (2016年週刊エコノミストの寄稿内容を一部改編しています)

 

バイオシミラーが日本市場を創造する日

 

「経済財政運営と改革の方針2015」(骨太の方針)では、バイオシミラー(特許期間が満了したバイオ医薬品の後続品)を含む後発医薬品の数量シェア目標について、「17年央に70%以上」、「18年度から20年度末までの間のなるべく早い時期に80%以上」との指標が示された。背景には、40兆円を超えた「国民医療費の問題」がある。特に、肺がん治療薬の「オプジーボ」に代表されるように、高額のバイオ医薬品の占める割合が年々増加しており、バイオシミラーはその問題の一助になると期待される。

 

幕開けしたバイオシミラー時代に立ち阻む壁

数年以内に、大型バイオ医薬品が次々と特許を失効する事に伴い、その後続品となるバイオシミラーが、製薬市場に大きな構造変化をもたらす可能性は高い。その先駆けとして、大型製品としては初めてとなる、抗リウマチ薬「レミケード」のバイオシミラーが、2014年11月に日本化薬から発売された。市場関係者はその行方を見守ったが、翌年の日本ジェネリック医薬品学術大会のシンポジウムにおいて、「レミケードのバイオシミラーの市場シェアは1%未満」であるとの報告がなされた。その背景には、高額療養費制度の影響があるが、より本質的な問題として「バイオシミラーが医師の信頼を勝ち得ていない」ことを私達に教えてくれた。バイオシミラーは、通常の後発医薬品とは異なり、分子量が大きく構造が複雑であるため、先行するバイオ医薬品との同一性を示すことは困難であるため、品質、安全性、有効性において、先行するバイオ医薬品との同等性や同質性を継続的に示すことが求められている。

 

次なる製薬企業の打ち手

このような市場状況を踏まえ、一部の製薬企業では既に取り組まれているが、ポテリジェント技術(抗体のうち、Fcに結合している糖鎖からフコースを取り除くことで、抗体のADCC(抗体依存性細胞傷害)機能を向上させる技術。従来の抗体に比べ100倍以上高い抗腫瘍効果を示すと言われている。)の搭載、長時間作用、投与回数の減少等、単に先行品の類似品としてのバイオシミラーの開発に留まるのでは無く、先行品に更なる改良部分を付加し、その改良部分について特許を取得することにより、他社の追随を阻む“バイオベター戦略”の採用が、製薬企業にとって有効になると考えられる。

また、協和発酵キリンは、今年の中期経営計画にて、“オーソライズド・バイオシミラー(先行品の開発企業が特許の実施許諾を後続品開発企業に与えるため、原薬、添加物、製造方法に至るまで全く同一の医薬品となる。)”の検討を明らかにしたことも興味深い。医師の不安を取り除くという意味では、大変重要な経営判断であるが、現時点では協和発酵キリンがどの企業に特許を快諾し、どのようにして、バイオシミラーを製造するかは明らかにされていない。また、現在の日本ではオーソライズド・バイオシミラーに特化した規制が存在しないため、今後の動向が注目される。

 

先行する韓国バイオ産業 

次に、バイオ医薬品製造の重要な役割を担う製造設備について触れる。この分野において、日本は立ち遅れており、今後の日本の挽回シナリオを検討する際、韓国のバイオ産業における取組みは一見の価値に値するため、本稿にて触れることとする。

韓国は、バイオシミラーに焦点を当て、官民一体となり取り組んでいるのが特徴であり、日本企業は韓国企業と提携し、バイオシミラーに取り組むケースが多い。韓国政府の取組みとしては、1994年の第一次生命工学育成計画から始まり、バイオ産業を育成することを目的とした投資が活発化し、バイオ産業への投資額の対GDP比は世界で最も高い水準で推移してきた経緯がある。その結果、バイオ関連ベンチャーの設立が相次ぐなか、現在のKOSDAQ(Korean Securities Dealers Automated Quotations:韓国証券市場)に上場するセルトリオン、エイプロジェン等の企業が育成された。特に、セルトリオンについては、世界でも有数の規模の培養を保有し、世界のバイオシミラーの製造を一挙に担うことを目指す程の生産能力を有している。

また、韓国政府が投資するバイオ医薬品製造施設KBCC(Korea Biotechnology Commercialization Center)の存在も大きい。KBCCの実質上の運営機関は、民間のBinexが担っており、医薬品製造受託機関(以下、CMOと記載)の支援業務として、治験薬の供給、製造と品質に関わる申請資料の作成、更には承認後の商業生産までの役割を担っている。

一方、わが国でバイオCMOの実績がある企業は東洋紡旭硝子等に限られ、韓国企業と比べると企業数も少なく、また保有する培養も遥かに小さい。昨今では、UMNファーマが、数万L規模の培養を建設し、自社開発のワクチン製造とあわせてバイオ医薬品の受託生産を開始する動きもあるが、昆虫細胞のワクチン製造と動物細胞の抗体製造では技術が異なる等の課題もあり、わが国はCMO事業を産業化できているとは言えないのが実情である。

 

日本の飛躍のカギはCMO拠点化構想にあり 

このような日本の現状を打破するため、最後に、韓国の官民一体モデルを参考とした日本型の「バイオCMO拠点化構想」について言及する。「バイオCMO拠点化構想」の基本コンセプトは、「国・自治体・CMO・製薬企業の役割分担による全体最適化」である。わが国は、米・欧に次ぐ創薬の実績を持ち、継続的に世界に対しオリジナル医薬品を届けるだけの研究開発能力を有する数少ない国の一つである。したがって、製薬企業からすると、自社でバイオ医薬品製造工場を保有するのでは無く、外部委託により経営資源の無駄を省き、バイオ医薬品の研究開発に特化する方が遥かに効果的である。そのためには、バイオ医薬品の製造設備の建設を一つの地域に集約することが望ましい。一つの地域に集約する意図は、バイオ医薬品の製造ノウハウが蓄積しやすくなる点と、要員を集約することのメリットを考慮してのことであり、結果的にCMO事業が商業生産で安定されるため、CMO企業の誘致がより容易になると考えるからである。また、国・自治体においては、バイオ医薬品製造の関連事業の誘致、雇用の創出、法人税や人口増加に伴う地方税収入の増収等のメリットが享受されることであろう。

医薬品産業は典型的な知識集約型産業であり、新薬を生み出す力は国の科学技術基盤に大きく依存する。米・欧に次ぐ創薬実績を有してきたわが国が、立ち遅れたバイオ産業において秘めた潜在力を発揮し本来の輝きを取り戻すには、国、自治体、CMO、製薬企業の四位一体となった “バイオCMO拠点化構想”の実現が望まれる。